KEN’S REPORT「DX」

2021.02.22 KEN'S REPORT

DX

昔Sun Microsystemsに勤めていた頃、たくさんの社員向けトレーニングがありました。中でも印象的だったのがCAPトレーニングです。CAPはChange Acceptance Processesの頭文字で、「変化を受け入れるためのプロセス」ということになるでしょう。よく日本人は「アメリカ人は変化が好きで、どんどん転職もするし、新しい技術にも飛びつくし、新しもの好きで、新製品が売り易くて楽でいいね。それに比べて日本人は保守的過ぎて事例がないと買ってくれない」などというのをよく聞きますが、私の印象ではそれほどアメリカ人も変化好きではないと思います。テレビや映画のシリーズ物の多さを見ても、政治家の二世、三世の多さを見ても、アメリカ人も相当なお馴染み好きの保守的で、それほど変化が好きとは思えません。実際Sunでもなぜそのようなトレーニングが必要だったかというと、当時Sunはワークステーションからサーバーの会社に変わろうとしていた時期で、社員の多くは一世を風靡したエンジニアリングワークステーションを売り続けていればいいのに、なんで面倒なサーバーに進出する必要があるのか、と会社の方向に納得していませんでした。ワークステーションはエンジニアが一人で使うもので、SunOSは安定していたし、ソフトウェアも充実し、用途も明確だったし、販売は代理店任せで手離れがよく、楽な製品でした。一方サーバーは多くのユーザーが同時に使うもので、故障が起きたら被害が大きくなるので信頼性のレベルが違うし、販売からシステム稼働までの時間もかかるし、代理店任せだけではなく、直接顧客に出向いて説明や謝罪をしなくてはいけないし、などなど、売るのが大変です。そんな訳で社員の反発も当然なのですが、CAPトレーニングはその考えを変えさせる役に立った気がします。

CAPトレーニングはGEのJack Welch CEOに心酔していたSunのScott McNealy CEOがGEで行われていたトレーニングを真似て導入したと言われていて、GEではCAPはChange Acceleration Processes、つまり「変化を加速するためのプロセス」だったのをSunでは少し弱めて「変化を受け入れるプロセス」にしたそうです。当時GEはJack Welchの強力はリーダーシップで強烈に会社を変えていた頃なので、「変化を加速するプロセス」が必要だったのでしょうが、Sunではそれは強すぎると思ったのでしょう。

SunのチーフサイエンティストでUNIXの神であるBill Joyが「大人になるために」とBSD系のSunOSからSystemV系のSolarisに変えた頃からSunがエンタープライズ向け製品の会社へ向かっていることを社員は頭では理解していたでしょうが、その変化を自分事としては捉えらていなかったと思います。CAPトレーニングの内容を詳しくは覚えていませんが、一言で言えば「CEOなどトップが目指すべき方向を示し、身近なリーダー(部長、課長、グループリーダーなど)が通常業務から変化するための最初の具体的な一歩を示すことが大事」ということです。

CAP

CEOなどトップは会社の方向性を何度でも繰り返し説明して社員を説得する一方で、身近なリーダーたちが通常業務からの具体的な変化のための小さな作業を示し続けることで少しずつ会社は変化していくということです。そうでないと社員総会などでCEOの方針を聞いてその時は納得しても、自分の職場に戻れば日々の業務が待っていてすぐに忘れてしまうし、場合によっては変化によって自分の職を失うのでは、と恐れる人も出てくるからです。

NVIDIAでもグラフィックスカードの会社からエンタープライズ向けの製品の会社になり、ディープラーニングに社運を掛けてAIの会社に変化する度にJensen Huang CEOの強烈なリーダーシップが発揮されていました。Jensenも四半期毎の社員総会で、毎回毎回社員全員がディープラーニングをやるんだ、全員に関係あるんだ、と繰り返し繰り返し説き、社員を説得していきました。当初ゲームやプロフェッショナルグラフィックスの担当者たちはディープラーニングが自分たちと何の関係があるの、という感じで全く納得していなかったですが、Jensenが何年も掛けてしつこく説き続けて、各グループのリーダーからディープラーニングに対応する具体的な製品や施策などが示され、NVIDIAは変わっていきました。

これは会社だけではなく社会にも当てはまることでしょう。よく総理大臣の施政方針演説に具体策がない、などと野党議員は言いますが、トップは方向を示すもので、具体策は各層のリーダー、また国民一人一人が「自分事」として考えるものです。

日本はDXに対応出来るでしょうか?デジタル庁に優秀な人材を集めることが出来たとしても、まず国民に「変化を受け入れるための教育」が必要ではないでしょうか。そうでないと「DXはDigital Transformationの略だけど、どこにもXはないでしょう。それはね、」というおじさんのウンチク話だけで終わってしまう気がします。

林 憲一
1991年東京大学工学部計数工学科卒、同年富士通研究所入社し、超並列計算機AP1000の研究開発に従事。1998年にサン・マイクロシステムズに入社。米国本社にてエンタープライズサーバーSunFireの開発に携わる。その後マイクロソフトでのHPC製品マーケティングを経て、2010年にNVIDIA に入社。エンタープライズマーケティング本部長としてGPU コンピューティング、ディープラーニング、プロフェッショナルグラフィックスのマーケティングに従事し、GTC Japanを参加者300人のイベントから5,000人の一大イベントに押し上げる。2019年1月退職。同年3月 株式会社ジーデップ・アドバンス Executive Adviser に就任。日本ディープラーニング協会のG検定及びE資格取得。2020年12月より信州大学社会基盤研究所特任教授。

 

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