KEN’S REPORT「秋のGTC(前編)」

2020.10.12 KEN'S REPORT

秋のGTC 2020が10月5~9日にオンラインで行われました。コロナ前は春にアメリカで、秋にはヨーロッパ、中国、日本などのワールドツアーが行われていましたが、今回はオンラインで、各地のタイムゾーンに合わせた時間でローカルコンテンツなどもありました。日本オリジナルセッションも168あったようです。ちょうど中国は10月1日から8日までは祝日だったので、GTC Chinaだけは別途12月15~18日にオンラインで行われます。 

今回のGTCもNVIDIAの創業者でありCEOのJensen Huangによる基調講演で始まりました。今回もまたJensenの自宅のキッチンからの「キッチンキーノート」でした。Jensenはうまく行ったことは何度も繰り返す人です。二番煎じなどは気にせず、「うまく行ったことはコピーしてリピートする、これが勝つ確率を高める方法だ」と以前Jensenから聞いたことがあります。”The more you buy, the more you save”もしつこいくらいに繰り返していますが、これもGPUの効能を一言で伝える方法としてうまく行ったと思って繰り返しているのだと思います。 

うまく行ったことをコピーして繰り返す例としては10年前のmini GTCがあります。2010年9月に第二回目のGTCが初めてサンノゼコンベンションセンターで行われ(第一回はサンノゼのフェアモントホテルだったと思います)、成功裡に終了しました。私は当時マイクロソフトの社員でしたが、2010年9月末に退職予定だったので有給消化中に参加しました。マイクロソフトのイベントのような表面的な派手さはないですが、学会のような非常に技術レベルの高いイベントだと感じました。またJensenの基調講演をその時初めて聞き、CEOが自ら技術的なことを一人でこんなに上手に喋るのか、と感心したのを覚えています。 

私は2010年10月1日にNVIDIAに入社しました。入社して一ヶ月くらい経ったころ、GTC 2010がうまく行ったので、世界各地でmini GTCをやるぞ、12月1日に日本に行くから準備せよ、とJensenから指示を受けました。まさにコピーしてリピートですが、CEOが来るイベントを一ヶ月で準備すること、そしてCEOから直接メールがバンバン来ることにビビりましたが、なんとかGPU Computing 2010 Winterという名でmini GTCを無事実施することが出来て、Jensenに名前を憶えてもらえたと思います。もっともJensenは名前を覚えるのが得意で、社員でもお客さんでもパートナーさんでもすぐ名前を覚えて呼んでくれるので、田中角栄のような人心掌握術も持っています。

Jensen_GTC2010JAPAN

2010年12月1日のGPU Computing 2010 Winter (mini GTC)の基調講演のJensen。この講演の前に霞が関に行っていたのでスーツを着ていた。実は霞が関との事前の打ち合わせで、うちのCEOはこんな人で革ジャンで来るかもしれないから無礼をご容赦を、と先に詫びていたのだが。。(撮影:笠原 一輝氏 PC Watchの記事より引用)

さて前置きが長くなりましたが、今回の基調講演を一言でいうと、大人の会社の基調講演、ということでしょうか。 

この4,5年、基調講演の内容は概ね順番が決まっていて、最初にGTCにまつわる様々な数字の紹介(参加者の増加やCUDAのダウンロード数の増加等々)で始まり、まずはグラフィックス、次にHPCがあって、それからディープラーニングの学習、そして推論、その後、自動運転があって、最後にロボットなど組込み系、という流れでした。特に最初のグラフィックスの部分が長くて、もちろんNVIDIAの祖業ですし、Jensenも嬉々としてグラフィックスのことを話すのですが、最近のお客さんはディープラーニングにしか関心がなく、グラフィックスのグの字も知らない人がほとんどで、長々とグラフィックスの話しをすると聴衆が飽きてしまわないかと毎回冷や冷やしていました。今回も先日Ampereアーキテクチャの新しいGeForceが発表されたばかりだし、残るAmpereアーキテクチャのQuadroが基調講演で発表されて延々とグラフィックスの話しをするのかな、と思っていましたが、Quadroにはまったく触れられず、グラフィックスの部分があっさり終わって驚きました。それどころか、基調講演の裏でプレスリリースがあり、新しいプロフェッショナルグラフィックス用のNVIDIA RTX A6000が発表されていました。NVIDIAの創業以来、利益の大半を稼ぎ出してきたはずのQuadroブランドが外され、しかも基調講演で触れられない、というのは二重にショックでした(私が2010年10月にNVIDIAに入社した時に所属した部署はTesla Quadro事業部でしたが、TeslaもQuadroもなくなってしましました)。 

以前日本のCG制作会社に伺った時に、「Quadroは憧れだった」と聞いたことがあります。学生の時は高価なQuadroは買えず、GeForceで3D CGを作っていたので、就職してQuadro 2000が入ったワークステーションを与えられたときに「プロになったんだ」と実感したそうです。そして出世してグループリーダークラスになるとQuadro 4000になり、さらに出世してマネージャーになるとQuadro 5000が与えられ「俺もここまで来たか」と思ったそうです。日本のサラリーマンが出世すると椅子に肘掛がついたり、部長になって机が広くなるように、Quadroはプロフェッショナルの証明だったのです。「いつかはクラウン」ならぬ「いつかはQuadro」だったのです。そのQuadro(ブランド)がなくなってしまうとは。。 

ちょっと感傷にふけって前置きが長くなってしまったので、基調講演本編の内容は後半で。

林 憲一
1991年東京大学工学部計数工学科卒、同年富士通研究所入社し、超並列計算機AP1000の研究開発に従事。1998年にサン・マイクロシステムズに入社。米国本社にてエンタープライズサーバーSunFireの開発に携わる。その後マイクロソフトでのHPC製品マーケティングを経て、2010年にNVIDIA に入社。エンタープライズマーケティング本部長としてGPU コンピューティング、ディープラーニング、プロフェッショナルグラフィックスのマーケティングに従事し、GTC Japanを参加者300人のイベントから5,000人の一大イベントに押し上げる。2019年1月退職。同年3月 株式会社ジーデップ・アドバンス Executive Adviser に就任。日本ディープラーニング協会のG検定及びE資格取得。

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