KEN’S REPORT「窓とGPU」

2020.09.29 KEN'S REPORT

だいぶ前のことですが(まだディープラーニングのビジネスを始める前の無名のグラフィックスの会社だった頃)、NVIDIAの創業者でありCEOのJensen Huangが日本に来た時こんな話しをしていました。「私はSF映画が好きで良く見る。SF映画を見ると未来の世界を想像することが出来るからだ。SF映画を見ると未来は今よりずっとビジュアルだ。窓にタッチすれば画像が表示され、机にタッチするとニュースが表示される。あらゆるところがディスプレイになっている。多くのSF映画でそのような未来が描かれている。ディスプレイがあるということは、そこに絵を描くためのGPUが必要ということだ。GPUはもっと売れるはずだ。いいか、おまえら。窓ガラスの数だけGPUを売ってこい」と。

 さて9月15日には華為に対する米国政府の半導体輸出規制が発効されたり、Tiktokの売却期限が来るなど、米中覇権争いがさらにエスカレートしています。そんな中、中国を代表するIT企業である百度、阿里巴巴、華為がそれぞれAIに関する大規模イベントを立て続けに実施しました。まずは百度が9月15日に百度世界2020(Baidu World 2020)を、続いて9月17、18日には阿里巴巴が Apsara Conference 2020、そして9月23、24、25日に華為がHUAWEI CONNECT 2020を開催しました。百度と阿里巴巴はオンライン開催でしたが、華為は上海でオフラインで開催されました。

 百度世界2020ではCEOの李彦宏(ロビン・リー)が北京のCCTVのスタジオから3時間のライブを行いました。李CEOは去年基調講演中に舞台にあがった聴衆に水をかけられるというアクシデントがありましたが、今年はスタジオで安心して喋っていました。3時間のライブではAIを使った未来がどんな世界になるか、というビジョンをさまざまな製品やサービスを利用して紹介していました。百度が力をいれている自動運転のApolloにかなりの時間を割き、緊急時に自動運転に代わってオペレータが5Gを利用してリモートからコントロールする、というデモなどが行われました。

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百度世界2020での5Gを利用した自動運転車のリモートサポートのデモ
(写真は36Krより引用: https://36kr.jp/95907/

 しかしAIプロセッサ昆仑(Kunlun)のアップデートはこのイベント中では特段ありませんでした。8月のHot Chipsでは性能評価などを出していましたが、百度のフラッグシップのイベントでは米中摩擦を考慮して触れなかったのかもしれません。

 去年は阿里巴巴の本拠地である杭州で7万人近い開発者を集めて行われたAlibaba Apsara Conference は今年は完全オンライン開催でした。去年のApsara ConferenceでGPUより10倍速いとして大々的に発表したAIプロセッサ含光800も特にアップデートはありませんでした。半導体はやはりセンシティブな話題なのでしょう。

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去年のApsara ConferenceでGPUの10倍の性能として発表された含光800
(写真は36Krより引用:https://36kr.jp/26152/

一方でこのイベントのメインスポンサーはアメリカ企業が占めており、アクセンチュア、デロイト、インテル、VMwareのCEOが基調講演にビデオメッセージで登場し、阿里巴巴への期待を熱く語っていました。アクセンチュアのCEOは中国語で話していましたし、VMwareのCEOもノリノリでした。阿里巴巴もトランプ大統領からは名指しされている企業の一つですが、ここは経済優先なのでしょう。NVIDIAもダイアモンドスポンサーでしたが、革ジャンは出てきませんでした(笑)。

Apsara

 

3社の中では一番厳しい状況にあると思われる華為ですが、23日から25日に上海世界中心(上海EXPOセンター)でHUAWEI CONNECT 2020を行いました。

3日間のイベントで、初日午前、2日目の午前、午後、3日目の午前と計4回、それぞれ約2時間の基調講演があり、様々な発表がありました(私は長年イベントをやっていたので、イベントの演出や運営にはすごく興味がありますが、4回ともオープニングビデオや演出が違っていて、すごく凝ったものになっていました。日本企業でこのレベルのイベントが出来るところはなく、アメリカ企業でもラスベガスの大イベントのレベルの豪華さだと思います。もしイベントの演出に興味があれば是非見てください。https://live.huawei.com/huaweiconnect/meeting/en/5951.html

初日の基調講演では郭平輪番会長が「生き残ることがゴールだ」と語るなど厳しい状況を認めていましたが、3日目の基調講演ではAIに関する新しいフレームワークやSDKの発表が続々と行われ、さらに新しいAIプロセッサとしてAtlas 300Tが発表され、FP16性能がNVIDIA A100に並ぶ320TFlopsになりました(Atlas 300はNVIDAI V100の2倍の256TFlops@FP16でした)。百度,阿里巴巴のイベントでは触れられなかった半導体も出てきて華為は一歩も引かない姿勢を見せたのかもしれません。

Huawei

 

日本からも日本ディープラーニング協会理事長の松尾豊東京大学教授と理事の江間有沙東京大学未来ビジョン研究センター特任講師がリモートで講演しました。

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さてNVIDIAによるARMの買収が発表されました。世間の評価は微妙、というところでしょうか。NVIDIAがARMを買収することでARMの中立性が失われてARM離れが起こるのではないか、とか、ARM Chinaの揉め事に巻き込まれてしまうのではないか、など批判的な声も多く聞かれます。一方で、ソフトバンクの孫さんが言っていたようにARMは未来を見る水晶玉であって、世界中のARMのライセンスユーザーの用途を知れば次に何が起きるか容易に知ることが出来るし、現在ARMに搭載されているGPUであるMaliの代わりにCUDA GPUが入れば世界中のIoTデバイスでもCUDAが動くようになる、というメリットもあります。そして世界最速のスパコン「富岳」にARMプロセッサが使われたように、ARMはこれからのデータセンタービジネスに欠かせない要素になる可能性があり、データセンターを支配する、というJensenの野望には必要不可欠なのでしょう。
でももしかしたらJensenは、全ての窓ガラスにGPUを入れる、という夢がこれで叶えられる、と思ったのかもしれません。ARMとNVIDIAが一緒になることで未来はもっとビジュアルになるはずです。キラキラな未来に期待しましょう!

林 憲一
1991年東京大学工学部計数工学科卒、同年富士通研究所入社し、超並列計算機AP1000の研究開発に従事。1998年にサン・マイクロシステムズに入社。米国本社にてエンタープライズサーバーSunFireの開発に携わる。その後マイクロソフトでのHPC製品マーケティングを経て、2010年にNVIDIA に入社。エンタープライズマーケティング本部長としてGPU コンピューティング、ディープラーニング、プロフェッショナルグラフィックスのマーケティングに従事し、GTC Japanを参加者300人のイベントから5,000人の一大イベントに押し上げる。2019年1月退職。同年3月 株式会社ジーデップ・アドバンス Executive Adviser に就任。日本ディープラーニング協会のG検定及びE資格取得。

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