KEN’S REPORT「買い物物語」
いささか旧聞に属しますが、11月に秋のGTCが行われ、創業者兼CEOのJensen Huangの基調講演がありました。今回もたくさんの発表がありましたが、それについては報道も多くされているので、それを見て頂きたいと思います(私のお薦めは笠原一輝さんのこれらの記事です。1, 2, 3)。どこかの国の首相のように、Jensenがずっと台本を読んでいるのを見ると、こんなのは私の知っているJensenではない、と思った人も多いのではないでしょうか。舞台を野獣のように歩き回りながらの往年のJensen節に期待したいところですが、以前のJensenの講演にはかなり「ハッタリ」も多く(笑)、今あれをやるとNVIDIAの株価が乱高下してしまうでしょうから、事前にレビューされた「台本を棒読みする」方法を取っているのではないかと推測します。「おまえは喋り過ぎるから台本を読め」なんてJensenに進言出来る幹部社員はいないので、Jensen自らが自分の性格を分かった上でこのような方法を取っているのだろうと思います。こういう自制も出来るのが世界No. 1 CEOたる所以でしょうか。
またSC21も行われ、今回はセントルイスの会場での物理開催で、日本からも「世界の松岡」先生ら、参加者も多かったようです。世界のスパコンランキングであるTop500も発表されましたが、こちらはほぼ「無風」でした。
日本では11月16~19日にパシフィコ横浜でET&IoT 2021が行われ、私も見学に行ってきました。「エッジテクノロジーは次なるステージへ」がテーマで、多くの企業がエッジAIの展示を行っていました。
組み込み分野は消費電力や物理的な大きさなど、様々な制約条件があるので、AIの学習のようにGPUの独壇場という訳にはいかず、依然としてCPU、GPU、FPGA、ASICが混沌としています。私が注目したものとしてはエッジでの推論用のAI専用半導体であるBlaizeです。この会社は2010年に元インテルのエンジニアなどが創業した会社で、組み込み用のAI半導体を作っています。既にDENSOが出資していたり、トヨタ系の半導体商社NEXTYが代理店になっていたりと車載での用途が有望です。また監視カメラなどの組み込み系も可能性がありそうです。
今回私がET展に行った最大の目的は、ET展の中でRetail AI EXPOが行われたからです。今回はPreviewということで、これをきっかけに今後は単独でRetail AI EXPOの開催を目指しているようです。リテール業界では以前からPOSデータの解析でデータサイエンスやAIが活用されてきましたが、最近注目を集めているのはレジカードです。
レジカートは九州のスーパーであるTRIALが開発したもので、お客さんが商品をカートに入れる際に、自らバーコードをスキャンすることで会計が済み、レジに並ぶ手間が省けるというもので、買い物客の利便性だけではなく、カートに付いているモニターに広告を出したり、クーポンを出したり等々、新しいマーケティング施策を行うことが出来ます。
レジカート自体は数年前からTRIALで利用されていて、私も何度か利用したことがありますが、最近注目を集めているのは、AIの発達により自然言語処理など時系列の処理が高度に出来るようになったからです。従来のPOSではお客さんが買った数十点の品物をレジで一気に処理するので、どういう順番で買ったかは分かりません。しかしレジカートでは品物をカートに入れた順番が分かるので、買い物の時系列情報を活用したAIのレコメンデーションの可能性が広がるのです。
例えばにんじん、ジャガイモ、玉ねぎをカートに入れたお客さんがいたら、カレーを作るのか、と推測してカレールーのクーポンを出したり、あるいは「にんじん、ジャガイモ、玉ねぎ」からGPTのような生成モデルを使って新たなレシピを作り出して提案したり出来ます。
買い物客はスーパーに来た時に買うものの2割しか事前に決めていないと言われており、残り8割は店頭で目にしたものを衝動買いしています。レジカートを活用して買い物中の時系列分析を行うことで、買い物客の頭の中の「物語」を分析したり、「物語」を変えさせたりして、より単価の高いものや、より多くの品物を買ってもらう可能性が出てきます。店に設置された多数のカメラとも連動すれば、一旦手には取ったけれど、棚に戻したものなども含めて「買い物物語」を分析することが出来、ますます可能性が広がります。
AIの時系列処理の進展とレジカートの普及によって、リテールの現場が大きく変わる可能性があり、目が離せません。個人的にも買い物客の「物語」を変えさせる方法をいくつも考えているところです(内緒ですが)。みなさんも是非一度店頭でレジカートを利用して、考えてみてください(東京近郊にもレジカートが利用出来るTRIALの店舗があります)。
さて11月6日に行われたG検定を受験された方、結果はどうだったでしょうか?私が信州大学で教えている学生も4人が合格しました。みんな学部の1年生で文系2人、理系2人でした。以前もこのレポートに書きましたが、今の若者は感覚的にAIのサービスを理解しており、学部1年の頃からG検定レベルの知識があれば将来社会に出てからも安心です。G検定の試験範囲は、第三次AIブームの現在、知っておくべき知識を網羅しているので、受験するかどうかに関わらず、学んでおいて損はないと思います。正月休みにでも勉強してみてはいかがでしょうか?
それではよい年をお迎えください。
株式会社ジーデップ・アドバンス ExecutiveAdviser 林 憲一
林憲一
1991年東京大学工学部計数工学科卒、同年富士通研究所入社し、超並列計算機AP1000の研究開発に従事。1998年にサン・マイクロシステムズに入社。米国本社にてエンタープライズサーバーSunFireの開発に携わる。その後マイクロソフトでのHPC製品マーケティングを経て、2010年にNVIDIA に入社。エンタープライズマーケティング本部長としてGPU コンピューティング、ディープラーニング、プロフェッショナルグラフィックスのマーケティングに従事し、GTC Japanを参加者300人のイベントから5,000人の一大イベントに押し上げる。2019年1月退職。同年3月 株式会社ジーデップ・アドバンス Executive Adviser に就任。
日本ディープラーニング協会のG検定及びE資格取得。2020年12月より信州大学社会基盤研究所特任教授。