KEN’S REPORT 「GTC China 2020」
GTC China 2020
12月8日に早稲田大学法学会の主催で「AIと民事法の交差点 完全自動運転車の責任」と題した模擬裁判が行われました。この模擬裁判は2029年10月31日に起こったレベル4の自動運転車の交通死亡事故を題材とし、自動運転車が落石を検知して車線変更した際に大型バイクに衝突し、その運転手を死亡させた、という想定でした。トロッコ問題にも似ていますし、事故当日がハロウィンで、バイクの運転手がハロウィンの奇抜な恰好をしていてAIが人間と認識しなかったのではないか、という設定もありました。また原告側の証人にこの自動運転車の元開発者が呼ばれ、開発の裏側が暴露されるなど、ドラマ仕立てにもなっていました。被害者側が「自動運転車は人間が運転していれば起こさないような間違いを起こすのだから、本来自動車が有すべき安全性を備えているとは言えず、欠陥がある」として自動車製造会社を訴えた2時間ほどの模擬裁判では、判決は完全無罪となりました。
この判決に私は驚きましたが、この模擬裁判を監修されていた早稲田大学次世代ロボット研究機構AIロボット研究所の教授で、日本ディープラーニング協会の理事でもある尾形哲也先生も驚いた様子でした。判決は「自動運転車はヒューマンエラーによる事故を劇的に減らしており、人間が運転する自動車よりも明らかに安全で有用であり、欠陥があるとは言えない」ということで被告無罪になったようです。将来実際に自動運転車が走り出し、事故が起き、裁判が行われ、判例が重ねられて社会の合意を得ていくものだと思いますが、面白い模擬裁判でした。
GTC China 2020が12月15~19日にオンラインで行われました。秋のGTC 2020が10月5~9日に行われたばかりでしたが、その時期中国は国慶節の休みだったので、別途行われたようです。
今回のGTC Chinaの基調講演はNVIDIAのチーフサイエンティストのBill Dallyが担当しました。Bill DallyはMITやStanford大学の教授を長く勤めていたので、日本ではDally先生と呼ぶ方が多いかもしれません。私もその一人ですが、私が初めてDally先生に会ったのは1994年10月のことです。その時私はサンノゼで行われた国際学会ASPLOS94: 6th Conference on Architectural Support of Programming Languages & Operating Systemsに初めて筆頭著者として書いた論文AP1000+: architectural support of PUT/GET interface for parallelizing compilerを発表するために参加し、そこでDally先生に会いました。ASPLOSはプログラミング言語やOSに関するコンピュータアーキテクチャのトップカンファレンスで、採択率は6分の1ほどのレベルの高い学会でした。この論文を書くのには相当苦労し、私の前髪はかなり減りました。今でも前髪が薄いのはこの論文のせいだと思っていますが、幸いDally先生に私の論文を見てもらえて、後にDally先生の名著Principles and Practices of Interconnection Networksで引用されました。
NVIDIAではCEOのJensenがいつも革ジャンなのが有名ですが、Dally先生もいつも同じ格好で、紺のブレザー以外の恰好は見たことがありません。また外ではいつもカウボーイハットをかぶっています。
Dally先生の基調講演は約1時間で、今年発表されたAmpereや様々な製品をおさらいする形で、時折Dally先生らしい解説を加えたものになっていました。まずAmpereアーキテクチャの優位性を語る上でDally先生が以前から主張しているエネルギー効率について解説しています。
現代の半導体において、演算そのものに使われるエネルギーよりも半導体内部でのデータの移動などにかかるコストの方が大きく、Kepler世代(HFMA)では演算よりもこうしたオーバーヘッドが2000%も大きくなっていました。それがPascal(HDP4A)、Turing(HMMA)、Ampere(IMMA)と世代を経る毎にアーキテクチャが進化し、特にTensorコアアーキテクチャにより、より少ないオーバーヘッドでデータが演算機に届けられるようになっています。現在NVIDIAに競合する多くの会社が汎用演算向けのGPUはAI演算にとって効率的ではない、と主張していますが、Ampereアーキテクチャのオーバーヘッドは16%しかなく、Dally先生は競合他社の主張を一蹴しています。
また多くのAIスタートアップが、特に推論向けの半導体のデザインをしてNVIDIAより優れていると主張していますが、それならMLperfベンチに数字を出して見せろ、とこれもDally先生は一蹴しています。
Dally先生は近年のディープラーニングの歴史についても振り返り、最近はモデルの巨大化が進んでおり、利用出来るGPUの性能がモデルを制限していると指摘しています。
しかし1年で推論性能が2倍になるという(Jensen)Huangの法則によって克服されると主張しています。
この他グラフィックスや、ヘルスケア、ロボティクス、自動運転などの最新の成果について紹介した後、最後の10分でDally先生は自身が担当しているリサーチ部門が手掛けるプロジェクトについて語りました。最初は今後もHuangの法則を維持するための新しいアーキテクチャの研究、次はシリコンフォトニクスを利用して通信速度を高速化するための研究、最後はプログラミングモデルに関する研究です。
いずれも研究段階であり、将来製品になるかもしれないし、ならないかもしれない、と断っていますが、Jensenの基調講演では聞けない話しなので、この部分だけでも視聴することをお薦めします。この基調講演のビデオではNVIDIA Japanの社員がチェックした日本語字幕も利用出来ますので、是非冬休みにご覧ください。Dally先生は早口なので、少し再生速度を落としてもいいかもしれません。
2020年も残すところ僅かですが、来年はどうなるでしょうか。2020年は一年前には想像もしていなかったコロナ禍で終始しましたが、生活様式の大きな変化の中でリモート会議やマスクをしたままの顔認証など、技術の進歩を感じた年でもありました。NVIDIAからは新しいアーキテクチャAmpereやDPUの発表など、競合を突き放す矢継ぎ早の製品投入がありましたし、GAFAやBATHからもNVIDIAの独走を阻止すべくそれに対抗する独自のAIプロセッサの発表などがありました。米中の覇権争いもアメリカ大統領が変わり新しい局面に入るかもしれません。いずれにしても日本はその狭間で右往左往することなく、独自の視点で未来を切り拓きたいものです。
私事ですが、この度国立大学法人信州大学社会基盤研究所の特任教授に任じられました。来年4月から全学横断特別教育プログラムで「AIの社会実装に向けた壁に文理融合チームで挑む」というビジョンでAI人材の育成に努めたいと思います。
ポストコロナの時代に信州の地は東京からの便も良く、リモートワークやワーケーションにも最適ですが、 AI 人材という観点ではやや不足しています。この地が AI 人材の宝庫となれば、信州のみならず、日本の大きな変革の一助になるのでは、と思っています。信州での AI 人材育成に少しでも貢献したいと思いますので、みなさまにもご協力頂ければ幸いです。
林 憲一
1991年東京大学工学部計数工学科卒、同年富士通研究所入社し、超並列計算機AP1000の研究開発に従事。1998年にサン・マイクロシステムズに入社。米国本社にてエンタープライズサーバーSunFireの開発に携わる。その後マイクロソフトでのHPC製品マーケティングを経て、2010年にNVIDIA に入社。エンタープライズマーケティング本部長としてGPU コンピューティング、ディープラーニング、プロフェッショナルグラフィックスのマーケティングに従事し、GTC Japanを参加者300人のイベントから5,000人の一大イベントに押し上げる。2019年1月退職。同年3月 株式会社ジーデップ・アドバンス Executive Adviser に就任。日本ディープラーニング協会のG検定及びE資格取得。