KEN’S REPORT「富岳」
何年か前にNVIDIAの創業者でありCEOのJensen Huangからこんな話しを聞かされました。
「1995年にNVIDIA最初の製品NV1を採用してくれたのは日本のセガで、バーチャファイターで使われた。もしあの時セガが買ってくれなかったらNVIDIAは終わっていた。その後GPUを発明し、多くのグラフィクスボードメーカーとの競争を勝ち抜いていくことが出来た。次に会社を飛躍させたのが2005年にSONY PLAYSTATION3に採用されたことだ。これによって会社は次の段階に進むことが出来た。そして2008年、東京工業大学の松岡聡教授が、世界で初めて、GPUをスーパーコンピュータに採用した。当時GPUがHPCアプリを加速することが少しずつ知られるようになっていたが、PCやワークステーションにGPUを入れて使うのが普通だった。しかし松岡先生はGPUを大量にサーバーに導入してGPUの性能の高さを示し、その後、多くのシステムがこれに続いた。これによってNVIDIAはデーターセンタービジネスに進出することが出来た。NVIDIAが今存在しているのは日本のおかげだ」と。
6月22日に世界のスパコンランキングTop500が発表され、松岡先生が率いる理研の富岳が世界最速の座を獲得しました。日本のスパコンとしては8年半ぶりです。以前は日本のスパコンが世界一を取るのは見慣れた光景でしたが、最近は中国とアメリカが独占していて、日本が世界一になることは二度と再びないのでは、と悲観論もありました。しかし「世界の松岡」がやってくれました。しかもARMプロセッサを採用して初めての世界一で、世界中の多くのスパコンが松岡先生に倣ってGPUを採用したように、今後のスパコンの方向を指し示す成果になるのではないかと思います。しかもTop500だけではなく、HPCG、HPL-AIなど他のベンチマークでも1位を獲得し、富岳がバランスの取れたスパコンであることも証明しました。
Top500で1位を取るのはタイミングが重要で、おそらく来期以降は米中のエクサフロップス越えのシステムが稼働してくるので、COVID-19対応を理由に稼働を前倒しにすることで1位を取りに行ったのではないか、と想像しますが、それも含めてさすが「世界の松岡」です。
また先日発表されたばかりの新GPU、NVIDIA A100を搭載したシステムが早くもランクインしています。NVIDIAはSeleneと名付けられたDGX A100 SuperPODでTop500の第7位に入りました。スパコンのエネルギー効率を計るGreen500でも2位にランクインしています。おそらくNVIDIAはGreen500の1位を狙いにいったと思いますが、1位は日本のPFNのMN-3でした。MN-3はディープラーニングの学習用のシステムなので、LINPACK(Top500で使われるベンチマーク)に必要な倍精度浮動小数点演算は必要ないはずですが、Green500で1位を取ってPFNの技術力を示すことに掛けたのかなぁ、と想像します。想像ばかりです恐縮ですが。
今回Top500が発表されたISC2020 (International Supercomputer Conference)はオンラインで開催されましたが、私は以前一度だけISCに参加したことがあります。それは2007年にドイツのドレスデンで行われたISC2007です。当時私はマイクロソフトで働いていて、マイクロソフト初のHPC向け製品Windows Compute Cluster Server 2003のマーケティングを担当していました。
ISC2007の期間中、マイクロソフトが行ったお城を貸し切ってのパーティー
ISC2007にはNVIDIAも出展していて、最初のTesla C870が展示されていた
マーケティングの担当でしたが、お客さんのLINPACKを自ら実行して、Top500に入れました。その結果発表を見るためにISC2007に参加しました。お客さんは三菱UFJ証券で、2007年6月のTop500リストの194位に入っています。
Top500発表の数か月前にIBMのエンジニアと2人で神奈川県某所にあるデーターセンターに約一週間籠ってLINPACKを実行しました。Redmond(マイクロソフトの本社)からの指示を受けつつ、データーセンターの中からは外部に通信は出来ないので、自分で工夫して、少しずつLINPACKが動くノードを増やすことが出来ました。しかしノードを増やすとエラーになったり、思うような結果は出ませんでした。データーセンターに行ったことがある方はご存じだと思いますが、データーセンターはものすごく寒いです。しかも冷気が下から噴き出して、それをサーバー前面から吸い込むようになっているので、コンソールで作業すると本当に凍えます。LINPACKを実行すると熱くなるので、熱くなればちゃんと動いているということですが、サーバーの後ろに回って熱風を浴びてほっとする、ということの繰り返しです。そして最終日に何とか全ノードでLINPACKを実行することが出来ました。翌日からはシステムが本番稼働するので、全ノードで実行出来る最後のチャンスでした。
さて7月4日(土)には今年2回目のG検定が行われます。準備はいかがでしょうか?今回はコロナ禍での外出自粛期間中の勉強の成果を確かめられるように半額で受験出来るようになっていて、既に非常に多くの方が申し込んでいるようです。既に申し込んで順調に勉強しているという方もいるでしょうし、申し込んだけどまだ勉強が進んでいない、という方もいるかもしれません。是非最後まで諦めずに頑張ってください。
最近一つ懸念していることは、世間に流布しているG検定の合格法です。インターネットでG検定合格までの体験談を書かれている方が増えていますが、「文系出身だけど、25時間の勉強だけで合格出来た」、「私は20時間の勉強で合格した」など、勉強時間の少なさ、ある意味「コスパ」自慢をしている人が多いことです。ご存じのようにG検定の試験範囲は非常に広く、初学者が20時間ほどの時間で勉強するのは難しいです。確かにG検定にぎりぎり合格する、ということに割り切れば、所謂「白本」と呼ばれる公式テキストを読んで、「黒本」と呼ばれる問題集を数回解いて暗記し、カンニング用の「あんちょこ」を用意すればいいでしょう。しかしG検定は学校の期末試験のように乗り切ればいい、という試験ではありません。これから長く続く、AIと共に生きる時代を生き抜くための基礎となる知識を得るものです。決して勉強時間の「短さ」を競わないでください。
日本ディープラーニング協会から7月23日(木・祝)に合格者の会を開催することが発表されています。オンラインでの開催で、合格者だけがJDLA理事長の松尾豊東大教授の特別講義を聴くことが出来ます。7月4日のG検定の合格者も参加することが出来ます。大昔のサントリーのコマーシャルの「トリスを飲んでハワイに行こう」みたいですが、「G検定に合格して松尾教授の講義を受けよう」です。当日私は司会をする予定なので、是非合格者の会でお会いしましょう。
PS
最初のJensenの言葉には続きがあります。
「それなのに今はどうだ?一番大事なAIコンピューティングに日本は何も貢献していないではないか。おまえたちは一体全体何をしているのか」と。
ちなみにNVIDIAの歴史はこのページにまとまっています。
林 憲一
1991年東京大学工学部計数工学科卒、同年富士通研究所入社し、超並列計算機AP1000の研究開発に従事。1998年にサン・マイクロシステムズに入社。米国本社にてエンタープライズサーバーSunFireの開発に携わる。その後マイクロソフトでのHPC製品マーケティングを経て、2010年にNVIDIA に入社。エンタープライズマーケティング本部長としてGPU コンピューティング、ディープラーニング、プロフェッショナルグラフィックスのマーケティングに従事し、GTC Japanを参加者300人のイベントから5,000人の一大イベントに押し上げる。2019年1月退職。同年3月 株式会社ジーデップ・アドバンス Executive Adviser に就任。日本ディープラーニング協会のG検定及びE資格取得。